K-NICマガジン

大学発ベンチャーにきく!IT×創薬でつくる未来

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2019年8月30日、テクノロジー分野の第一線で活躍する先輩起業家をゲストに迎えるトークセッション・TECH STARTUPS(※)シリーズ第5回目となる「大学発ベンチャーにきく!~IT×創薬でつくる未来~」が開催されました。
今回のテーマは「大学発ベンチャー」。アヘッド・バイオコンピューティング株式会社 取締役であり、東京工業大学 情報理工学院 助教を務められている大上雅史氏をお招きし、K-NICスーパーバイザー・武田泉穂氏のモデレートの下、ベンチャー企業の経営と大学での研究活動との両立や、IT創薬についてお話しをうかがいました。
 
※「TECH STARTUPS」とは…テクノロジー分野の第一線で活躍する先輩起業家をゲストに迎えたトークセッションシリーズ。ゲストが関わる分野のトレンドや課題、資金調達やアライアンスに至るまでの道のりなどさまざまなトピックについて、 K-NICのサポーターやスーパーバイザーなどがモデレーターとなってお話をうかがいます。

ゲスト

大上 雅史(おおうえまさひと)氏/アヘッド・バイオコンピューティング株式会社 取締役、東京工業大学 情報理工学院 助教
1987年石川県能美市出身。2014年3月に東京工業大学大学院情報理工学研究科 博士課程修了後、日本学術振興会特別研究員PD、2015年4月より東京工業大学 助教に就任。2018年12月アヘッド・バイオコンピューティング株式会社設立、取締役就任、現在に至る。生命科学分野を中心に、超並列計算、AI、ビッグデータ解析、大規模シミュレーション技術を駆使した革新的バイオインフォマティクス研究を展開。
https://ahead-biocomputing.co.jp/
https://www.bi.cs.titech.ac.jp/~ohue/

モデレーター

武田 泉穂氏/K-NICスーパーバイザー
https://www.k-nic.jp/wp202410/supportor/149/

アヘッド・バイオコンピューティングってどんな会社?

トークセッションの前に、アヘッド・バイオコンピューティング株式会社について、大上さんにご説明いただきました。
 
大上さん:私たちが取り組むのは、バイオインフォマティクス、という分野についての研究開発です。中でも特に3つの領域に力を入れています。
1つ目は、「PPI(タンパク質間相互作用, Protein-Protein Interaction)」と呼ばれている、新しい薬を作るための標的として注目されている生命現象の領域です。PPIを一網打尽に予測するソフトウェア「MEGADOCK」(メガドック)を開発しています。

2つ目は、細菌集団のゲノムを解析する「メタゲノム解析」です。みなさんは腸内フローラという言葉を聞いたことがあると思うのですが、最近では腸内にどんな細菌がどれだけ存在しているかが病気と関係していることが分かってきています。このような環境内の細菌集団の分析に、メタゲノム解析が活用されています。

3つ目は、計算機による創薬支援、いわゆるIT創薬です。実際に薬を作る際に、どの化合物がどのような病気を治す可能性のある薬になり得るかといったことを、計算機で推測していくソフトウェアを作っています。

これらの基礎技術は大学の研究として産み出されたものですが、「東工大発ベンチャー」の称号をいただいており、大学で開発した技術を会社で事業展開することが可能となっています。

大上さんの言う“IT創薬”とは?

武田さん:今日のテーマとであるIT創薬の話をうかがっていきます。行われている事業は、創薬の分野のどういったニーズに応えていくものなのでしょうか?

大上さん:一つの薬を作るには時間とお金がかかります。どの化合物がどの病気に効きそうかを調べ、様々な実験を経て、一定の安全性と効果があることを確かめた後に、ようやく臨床試験に入っていく。その後もまだいくつかの工程が踏まれますが、これらの検証が進んだとしても、臨床試験で様々な理由から薬の開発が中止になることが往々にしてあります。

また、昔に比べると薬の開発自体が難しくなっているとも言われています。技術はもちろん進歩していますが、新薬は既存の薬に比べて良い点がないと世に出せないので、難しい標的分子(病気の原因と思われる分子)を狙ったり、どういうメカニズムで発症しているか分からない疾病を治す薬を考えたりと、難題に挑戦していかざるをえない状況です。

こういった課題がある中で、「有望な化合物を多方面から吟味し、最小限の実験回数で効果的に絞り込んでいく」ことが可能なIT技術は、創薬の工程の特に初期段階で非常に役立ちます。薬として販売(上市)に至る化合物の発見確率を上げていくことができるのです。
理想は、自分たちの技術を使うことで、現在の創薬にかかる時間を2分の1に短縮することで、日々技術開発に取り組んでいます。

バイオの分野を選んだきっかけは?

武田さん:ITって最近、爆発的に多くの業界に必要になったと思うんです。「データサイエンス」と呼ばれて注目されていますよね。以前は、盲信的に計算だけを行っていた研究者が多かった印象ですが、現在、バイオを含め多分野でIT人材がいないと回らない状況になっていると思います。大上さんはいつ頃から情報や計算に取り組んでおられたのですか?
 
大上さん:私は高専出身で、電子情報工学科というところに入りました。当初はゲームが作りたいと思い入学しましたが、プログラミングだけでなく、情報工学と呼ばれる学問全体-ソフトウェア工学、ハードウェアの知識、数学的な知識や線形代数から発展するAI技術、データをどのように処理するかというアルゴリズム論、通信ネットワークの技術、セキュリティ-などを体系的に学びました。
情報工学を学んだ学生が全員情報系に就職するわけではないのですが、最近では企業も注目する分野ですので、就職率は比較的良いのではと思っています。
 
武田さん:バイオ分野に興味があると感じたきっかけはなんでしょうか?
 
大上さん:私が生物学を本格的に取り組み出したのは学部4年の頃ですが、興味自体は高専生の時から持っていました。例えば、画像処理では輪郭を抜き出すエッジ処理というものがあり、微分フィルタをかけることで綺麗に抜き出せます。これはとてもシンプルで美しいと思うのですが、生物学のデータはそうはいかない。データがとにかく複雑で、誤差も多く、解釈がしづらいんです。そういう普通の方法が通用しないという点、実世界の生のデータに対して挑んでいく点、そんなところに面白さを感じていました。
 
武田さん:今、情報分野を勉強されている学生の方は、どの分野に自分の知識を活かしていこうか考えている最中かと思います。そういった方たちに対して、アドバイスはありますか?
 
大上さん:よく言われるのは、「目の前で流行っていることをやっても仕方がないので、流行っていないことをやりなさい」。例えば、現在の流行はAIや量子コンピューター。今AI技術者を目指したとして、実現する頃にはAI技術者は山ほどいることになってしまいます。量子コンピューターの実用はまだ先なので少し話は異なりますが、流行の分野に飛びつく飛びつかないというより、今の最先端技術でできないことをどうやって解決するか、それを探求するために最先端技術を学ぶと良いのでは、と思います。

IT技術者とどのように関わっていくべきか

武田さん:他分野の方が情報系分野にアプローチする際、相手を理解するためのコツはありますか?例えば、こういう質問をすると相手がどの分野の専門だと分かる、というような。 ITの専門家と組むときに聞いてみると良いことなどありましたら教えてください。
 
大上さん:難しいですね。いろんな分野でIT・情報系の知識が必要になってきているのは事実だと思うんですが。
分野について少し話すと、バイオであれば「バイオインフォマティクス」、材料開発であれば「マテリアルズインフォマティクス」、金融系に行くと「fintech」という分野がありますよね。様々なところで情報系の知識は必要とされていますが、実はそれぞれの分野の人が自分でプログラミングなどの情報技術を一から学べる環境も整ってきています。IT技術者と理解し合うためには、自分でもある程度知識をつけていく必要がありますね。とは言え、技術の高度化は進んでますので、やはり全ての人が身につけるには大変な時代になってきているとは思います。
 
武田さん:ということは依頼する側も勉強すると。やはりお互いに歩み寄っていくということが必要になりますよね。
 
大上さん:そうですね。私も情報系の先端技術を学ぶだけでなく、バイオ分野の学会などにも積極的に参加するようにしています。お互いに顔を合わせて議論しないと、言葉が通じないんです。言葉が通じるようになってからがスタートだと思っています。
 
武田さん:最後に、研究をどのように社会に役立てていきたいと考えておられますか?
 
大上さん:大学での研究は楽しいですが、社会との接点が薄くなりがちなところは否めません。自分の基礎研究が社会の役に立ち、社会全体が少しでも幸せになったらいいなという思いがある一方で、もう少し現場に寄り添って活動しなければと思うことがあります。ベンチャー企業という存在は、まさに現場に足を踏み出すためにあるという実感があります。
私たちが取り組む「IT創薬」がまさにそのようなテーマです。薬がもっと早く作れる。研究開発がもっと低コストになる。そうなったら社会全体がハッピーですよね。それを現実に近づけるためのひとつの手段として起業したというところです。大学で研究を続けるのももちろんですが、少しでも現場に近づくための手段として、起業があるのだと思います。

大学×ベンチャーで深く繋がり社会を変える

大学の研究だけでなく、大学認定ベンチャーとして共同研究を行うことで、より社会に近いポジションから人々に役立つサービスを開発している大上さん。お話の中では、起業を試みる際、まずは家族・友人・先生等、近い関係の協力者を探すことも重要であるとのコメントもいただきました。こうした起業のモデルケースが増えることで、IT・情報系の知識を生かした社会貢献を目指す学生も今後増えていくのではないでしょうか。

K-NICでは、引き続き起業や経営に関する役立つ知識をイベントにて、みなさまにお伝えしていきます。
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