K-NICマガジン

研究者が起業する上で欠かせない視点って何ですか?

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川崎市にあるコワーキングスペース&起業支援施設「Kawasaki-NEDO INNOVATION CENTER(K-NIC)」では、研究開発系スタートアップ支援の経験が豊富である3名のスーパーバイザー(以下SV)が参画しています。

今回はSVの武田さんに、K-NICに対する想いや研究者が起業する上で欠かせない視点をお聞きしました。

K-NICのSVとは

専門的知見が豊富な、研究開発系スタートアップの支援のプロフェッショナル。K-NICメンバーへのメンタリングをはじめ、支援人材や連携機関などとのマッチングなどの幅広い支援を行っています。

武田SVについて

武田 泉穂氏

MVP株式会社代表取締役/株式会社ビジョンインキュベイト取締役
東京工業大学大学院にて博士号を取得(理学)。専門は生物物理学。博士研究員を経て、ライフサイエンス/バイオテック系ベンチャービジネスの創業/経営/M&Aなどフィールド経験を軸に、VCの創業や投資を実施。
JST新産業創出基金ガバニングボード(委員)等/他プログラム審査員、東京工業大学リーダーシップ教育院学外アドバイザー、金沢大学経営協議会委員、客員教授等。

研究者の起業を支えたい

私は元々研究者でした。2007年にアカデミアから産業の世界に移り、大学発ベンチャー創業と経営による技術移転事業が主なキャリアです。当時は研究者による会社経営の環境が厳しく、経営の代表責任を含めて私が担っていました。「スタートアップ」という言葉が日本で認知される以前の「大学発ベンチャー」の時代から研究成果に基づく起業に従事し、20社を超える創業と経営、数社のイグジットを経験しました。

これらの経験が研究者のスタートアップ支援に役立つこともあり、ご支援の機会が増えました。支援という意味では、VC・エンジェルシンジゲートの創業や経営も携わらせていただいておりますが、それも含めて私の主な仕事は支援ではなく、「起業」と「現場」であり、起業家と一緒に走れることが強みだと思っております。

研究者の起業は大変です。大学の業務はただでさえ激務です。最近は医療従事者の起業も増えてきていますが、医療も激務です。私自身に蓄積した経験や知識を研究者の皆さんにナレッジトランスファーできると、少しは効率化できるのでははないかと思い、また私自身が成就できなかった研究者の皆さまの何かの役に立ちたく、起業・事業開発のご支援をさせていただいております。

何故K-NICのSVに?

大学発ベンチャーの経営の傍で、川崎市の方からお声がけをいただいたことがきっかけです。もともと関東で自分の会社が行政主体の支援に関わっており、川崎市の方とも一緒に仕事をしていました。

川崎市の方は、専門家に丸投げするのではなく「一緒に汗をかいてスタートアップ支援の形をつくりたい」という熱意がありました。川崎市さんであれば絶対にいいものを作れるだろうな……と思っていたところ、偶然にも(幸いにも)お声がけをいただけ、二つ返事で参画いたしました。

研究者が起業する上で欠かせない視点

欠かせない視点は2点あります。

1点目は、売ることを念頭に置いた事業計画立案の視点です。
研究や技術が素晴らしいのは当然であって、事業にする上では「売る」ことが最も重要です。「売る」計画がない事業は、「趣味」と呼ばせていただいております。

ディープテック領域の事業計画では、「販売戦略」がないことが少なくありません。
「良いものは口コミで売れる」という考えが往々にして存在します。しかし、それが良いものであることをどうやって市場に伝えるのか、学会活動や顧客へのアプローチに必要な経費を含めて資金調達です。そしてモノ売りにはセオリーはありますが正解がありません。

2点目は、資金調達にも販売にも共通しますが、相手を説得するのではなく「相手の心を動かす」という戦略と意気込みです。心を動かす資料づくりとプレゼンテーションを念頭に置くことが欠かせません。

色々と素晴らしくても、心が動かないとお金も動かないことがほとんどです。研究者本人の熱意は非常に重要です。初期の頃はお金がないのにヒトを巻き込む必要があります。熱意のないところに、良いヒトは集まりません。カネで集まる人はそれなりです。もちろん誰かの指示で動いている人からは熱意を感じませんし、最近は少ないですが「君やりたまえ」「わからないから誰かにやってもらう」というチームにはヒトモノカネが集まらないケースがほとんどです。

販売戦略やマーケティングはいつから考えたらいいですか?

起業前からある程度の構想は必要です。いくらでどこに売るのかという内容ですね。
申請書にもよくある「顧客候補」の章です。起業後は、スタートアップに往々にして生ずる事業ピポットのタイミングや、市場の変化、取引先の状況の変化の度に考え直して計画を立てることになりますので、ベースとなる構想が必要です。常に試行錯誤する重要なコンテンツです。

これは研究者としてというより、起業家として軽んじずに情報を収集し、理解する目線が必要です。

今後必要なディープテックスタートアップの環境とは?

「日本の研究力」と「スタートアップのインパクト」が強くなることだと考えています。そのために3つ必要なことがあると考えています。

1つはスタートアップが成功してそのライセンスフィーやSO(ストックオプション)対価、寄付などが大学に還元される仕組みが充実することだと思っています。エコシステムの一環です。

現状ではこれらの対価はあったらラッキーという程度でしか大学で認識されていませんが、共同研究費のように当然に組み込まれる収入として、またそれらで研究環境が良くなる程度の額として、還元されていくことが研究力の強化の一助になると思っています。K-NICには大学に精通したアドバイザーがたくさんいますので、大学からのご相談も受けられると思っております。

2つ目は研究開発型スタートアップが資本力のある国にどんどん進出し、日本経済にインパクトを与えるようになること。国内外と言っている時点でまだまだ壁があると思っています。実績のあるメンターが増えるといいですね。K-NICサポートがより充実すればいいと思います。

3つ目は大学発スタートアップ創業に必要な「単なるお作法」を学べる場所が増えること。
起業のノウハウやナレッジは、単なる知識として学ぶべき共通部分があります。これらがエデュケーションとして体系化されていれば、研究者が起業を検討する上でも、起業する/しないの選択の上でも助かると思います。いわゆるアントレプレナーシップ教育やMBAとは異なる(学べない)内容です。強いて例を挙げるなら、研究者であれば皆学ぶであろう、「論文の構成と書き方」「プレゼンスキル」「科研費申請の書き方」のようなものの「スタートアップ起業版」です。K-NICでもそのようなプログラムができればいいですね。