K-NICマガジン

「惑星間の行き来を当たり前に」 元官僚が挑む宇宙デブリ(ゴミ)を無くすビジネス【株式会社BULL】

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川崎市にあるコワーキングスペース&起業支援施設「Kawasaki-NEDO INNOVATION CENTER(K-NIC)」で毎年2回開催している「K-NIC Startup Hands on Program(スタートアップハンズオンプログラム)」。

ディープテック領域で具体的な技術シーズがあり、研究開発要素のある事業で起業を目指す方を対象にした本プログラムでは、NEDOのスタートアップ支援事業(NEP、STS等)での採択や資金調達に成功した起業家を多数輩出しています。

今回は、2022年下期に採択された、宇宙産業分野で大躍進中の株式会社BULL 代表取締役社長・宇藤さんに、防衛省のキャリアを離れ、宇宙分野での起業に至った経緯などをお聞きしました。

起業家プロフィール

BULL 宇藤様
宇藤恭士 氏
株式会社BULL 代表取締役社長 

愛知県出身。早稲田大学法学部卒業後、防衛省で日米同盟政策や多国間共同訓練の企画立案に従事。
奉職中、米国スタンフォード大学で国際政治学修士号取得後、国土交通省で河川関連行政の法規担当業務に携わる。
退官後は経営共創基盤でコンサルティング業務を経験。
宇宙スタートアップ企業の株式会社ALEで大気データ事業と宇宙デブリ対策事業の統括を経験した後、宇都宮で株式会社BULLを設立。

官僚から起業へ 宇宙を身近にするための挑戦

―― 御社の事業紹介と起業の経緯について簡単に教えてください。
我々は「地球内外の惑星間の行き来を当たり前にする」をビジョンに掲げ、宇宙サービスを「安価かつ簡潔に」提供できることを目指しています。
事業としては、ロケットなどに搭載する「宇宙デブリ(宇宙ゴミ)防止装置」の開発と、帝京大学と進めている軌道上微小重力下での実験装置の開発の2つをビジネスモデルの柱としており、2023年には東京海上日動火災保険株式会社との事業連携、JAXAとの事業共同実証を進めることがそれぞれ決まりました。

また、かつて在籍していた株式会社ALEにおいて、私が宇宙デブリ対策事業を率いていたことがあったのですが、同社が経営資源の選択と集中の観点から、同事業を終了することになりました。
そこで、ALEから独立して立ち上げていたBULLとして独自の宇宙デブリ対策事業を進め、関連する研究・開発等に精力的に取り組んでいましたが、これまでALEが蓄積してきた技術力及び商品力に一定の価値を見出し、それらを最大限活用することで、より早期に事業化が見込めると判断し、2023年7月にALEの宇宙デブリ対策事業の関連資産等を承継しました。

BULL動画1

―― 防衛省から起業へと至ったきっかけは。
「日本の役に立ちたい」という思いは私の中で一貫しており、その軸においては国家公務員で働くことも起業してベンチャーを経営することも同様に意義があると信じています。
その前提のもと、私が防衛省からビジネスの世界へ飛び込むことになったきっかけが主に2つありました。

一つは、国土交通省に出向したことです。
国土交通省は、色々な市町村、都道府県からの意見を施策に反映していくという、まるで「大きな町役場」のような動き方をしていました。
それまで防衛省の「大きな戦略を描く」という役割において国家間の文脈の中で安全保障政策に関わっていた私にとっては新鮮な体験でした。
大きなビジョンを描きつつ最終的なサービス・施策の出口、いわば「相手の顔が見える」業務の面白さに気づくきっかけになったと言えるかもしれません。

そしてもう一つは、アメリカのスタンフォード大学への留学です。
シリコンバレーも近く、起業家精神にあふれる人たちが多い地域で2年間を過ごした経験は貴重なものとなりました。
例えば、ビジネススクールが主宰する学際的なプログラムを取ったことで、政策やルールづくりの観点から社会を変えるだけでなく、実プレイヤーとして新しい事業に挑戦することで社会に良い影響を与えられるのではないかという仮説を持つようになりました。
今から振り返っても防衛省で携わった安全保障や国際関係という分野は国民の皆さんの役に立つ極めて重要なもので、やりがいも大きかったので、退官が大きな決断となったことは間違いありません。
防衛省退官後はビジネスコンサルタントとしてビジネスをしっかりと学ばせてもらい、その後にかねてより興味のあった宇宙産業の会社である株式会社ALEに入社をしました。

―― 宇宙産業の中でも、宇宙デブリの問題に着目したのはなぜですか。
まだ市場が成熟しきっていない宇宙産業であれば、新規領域の特性を活かして「日本として戦っていける!」という考えを持っていました。
ただし、打ち上げ機本体やスラスターなどの従来から存在する分野は欧米がリードしており、大型の資本も既に多く入っているため、これから事業を立ち上げる分野としては最初から厳しい競争に晒されると考えました。
その点で「宇宙デブリ問題を解決する」という事業は、「宇宙のゴミを無くし、産業が発展するためのインフラを整える」という誰もが共感しやすいシンプルな大義名分があるにも関わらず、そこまで大きな市場として認識されてきませんでした。
そんなニッチな分野だからこそ、早いうちにシェアを獲得し、その分野のデファクト・スタンダードとなることができれば、後発の大企業などに事後に奪い取られる可能性も低いのではと考えたのです。

BULL動画2

ビジネスと技術をつなぎ、「強み」を伝える力に

―― K-NICのHands on Programに参加するきっかけは何ですか。
2022年の夏、関係者から「K-NICでNEDOのプログラムについて積極的に教えてくれる」と聞き、会員登録をしました。
いくつかの説明会へ参加の後、10月頃から前田信敏さんの個別相談会にほぼ毎月申し込むようになり、メンタリングの中で教えていただいていたのがHands on Programです。

当時は、助成金や補助金などを申請するときの自らの説明や資料について、審査する側の視点が足りていないと感じていて、ビジネスモデルの中身もそうですが、相手に伝わることを意識した上での、特に体系的な説明やアピールの仕方が課題でした。
K-NICは川崎市とNEDOが関わっているので、これからアピールをすべき相手側の目線を直接感じられるいい機会となるのかなと思い、応募したんです。
あとは、自分たちの事業を国の施策などと照らしてみた時、本当に必要とされる内容であるのかということを客観的に整理したいと思いました。

―― Hands on Programに参加してみて、どのような変化がありましたか。
今回メンターになっていただいたのは、ディープテックのビジネスに詳しく宇宙産業にも造詣の深い尾崎典明さんと、ご自身もVCである種市亮さんのお2人です。
メンタリングを通して、自社が持っている技術の価値や事業上の強みを明確にし、行政や金融機関の方々へどのように説明するかをつかむことができたと思っています。

当時の私たちの弱みは、「具体性」と「わかりやすさ」を両立させて説明することでした。
私は技術者ではないため「こういうことができます」という事業目線での漠然としたお話はできましたが、それがどれだけ難しい技術で、すごいことなのかを細かく伝え切れていませんでした。一方で、技術者の方に説明をお願いすると、専門的すぎて難しい話になってしまいがちです。
資料やピッチのフィードバックを繰り返し受ける中で、ビジネスモデルやビジョンというトップダウンと、技術力というボトムアップの両方について、欠くことなく多角的にご指導をいただけたと思います。

また、それまで我々が気づいていなかった強みについて、「そこを発展させれば事業としてうまくいくのでは」というコメントもいただけて、重要な示唆をいただけました。
私自身には専門的すぎて理解が難しく、逆に専門家にとっては当たり前になっているところがありました。
そこを程よい距離から俯瞰して見ていただけたのではないかと考えています。

―― その後、どのような結果につながりましたか。
ここまで、K-NICだけではなく宇都宮市などの様々なプログラムに参加させていただき、2023年5月末までに初期の資金調達が完了したのは大きな成果です。
同年5月には東京海上日動火災保険株式会社との事業連携を、同年7月にはJAXAをとの事業協同実証をそれぞれ公表でき、7月から始まった栃木県のアクセラレーター・プログラムにも選ばれました。

さらに、技術戦略や人材戦略も具体的になったことで、2023年4月からスバルのOBの方が数名加入してくれました。
社外の方とお話をする際にも、「会社のHPに『K-NICのHands on Programで採択された』と書いてあったのを見ました」と言ってくださったこともあります。
市や県との連携施策をやらせていただくときにも、そのことで自社に対する信頼度が一つ上がっている気がしますね。

BULL動画3

産学官金で宇宙のSDGsへ 新たな人材確保が課題

―― 今後の課題と展望をお聞かせ下さい。
スタートアップでは、常に人や金の確保が課題です。
一度に大量の社員を雇用すると人件費や教育がすぐに追いつかなくなってしまいますし、かといって業務委託等で外に出して完了できる仕事ばかりではありません。
「人が必要なのは大きなプロジェクトが進んでいる証拠」とポジティブに捉えることもできますが、実際はなかなか難しいなと思います。

少し具体的で専門的な話をすると、宇宙産業においては、「宇宙環境の特殊性:微小重力、真空、放射線等」を熟知したうえで、システムを構成する要素の「構造」「機構」「材料」「熱」「電気」「電子」「電波」と言ったハードウエアの特性を決定する技術領域から、システムの機能や挙動を司るソフトウエアの技術領域に至るまで、複合した領域をカバーすることが求められます。
特に、小規模なプロジェクトチームにおいては、システム全体を見通すGeneralなスキルと、各技術領域の専門性のSpecialなスキルの両軸を有する技術者が必要不可欠です。
弊社にもしっかりと専門性を持ちつつ設計ができる人はいます。
ただし、宇宙産業における設計は「熱解析」など特殊なスキルがプロジェクトのフェーズに応じて必要なため、その専門性を持ちつつ専任で働ける人が常に必要とされています。
そもそも宇宙産業全体で専門人材が足りていないので、その中でしっかりと人材を確保していくことが今後の課題ですね。

我々は「宇宙のSDGs」を通じて世界の役に立つ事業者になりたいと思っています。
しかしそれだけではなく、宇都宮市の事業者として「地域発」を大事にしていきたいという思いも強く持っています。
実際に今は、「産学官金の連携」をしっかりと打ち出し、大学との共同研究、地元事業者や金融機関との連携を進め、県や市からの後押しをいただきながら事業を進められています。
これからもその連携がお題目とならないよう、弊社が重視するスピード感を持ちつつ、しっかりと事業を成功につなげていきたいと思います。